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学生時代はマーシャルに憧れつづけた。もちろんアンプの方の話だ。

エレキを始めて間もない頃、千葉にあった某楽器屋でソリッドステートの小型マーシャルの音を聞いた。当時フェンダーの1万円くらいのアンプを使っていたオイラには衝撃的に良い音、ロックな音が出ていた。その頃は真空管アンプがどうこうという知識はなく、ただただマーシャルロゴのついたアンプといういだけで神々しく見えた。たぶんLead12とかそんな機種名だったような気がする。

大学を卒業、社会人2年目に初めてマーシャルアンプを買った。社会人といっても安月給だったのでやはりソリッドステートのものだったがうれしかった。しかしそのソリッドステートマーシャル君とは長く続かずすぐに破局が訪れたのであった。

念願のマーシャルを手に入れたものの、音はイマイチ、いやイマ3ぐらいでへなちょこだった。当時は試奏してもすぐに舞い上がってしまう若造だったので、良し悪しなんて判断できずにマーシャルというだけで買ってしまったのがいけなかった。だが、そのすぐあとに我が生涯最愛の妻、じゃなかったマーシャルに出会うことになった。

当時、オイラは茨城の守谷というところに住んでいたが、会社が休みの日は楽器やCDを物色するためにせっせとお茶の水などに通っておった。そんなある日、中古楽器屋で出会ったのが今回のお題のMarshall Valvestate8040であったわけだ。

↓これだ

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(すでに8040ちゃんと別れて数年がたっていて写真がないのでまたネットで拾った画像だ。)

Valvestateシリーズは90年代にデビューしてしばらく続いていたが、最近は見かけなくなった。真空管アンプも安くなったからかな?・・・それは置いといて、8040だが、シリーズ最初期の40Wモデルで、ドライブチャンネルはプリ部に12AX7真空管を搭載、しかもスプリングリバーブも付いているというオイシイ仕様であった。いくらだったか忘れたが、当時安月給で余裕もなかったオイラでも、即決で購入、配送する金はなかったので、JRと私鉄を乗り継ぎハンドキャリーで持ち帰った。いやーまったく重たかったぞ。

このアンプは名機だ。間違いない。特にハードロックやメタルをやりたかったオイラにとって理想的な歪み音がギター直で出せた。変な話だが、オイラが使ったマーシャルで一番改造プレキマーシャルフルブーストの音、すなわち80年代くらいのハードロック、へビィメタルの音に近いニュアンスを持っていた。あと、スプリングリバーブもいい感じだった。リバーブと言えばフェンダーだが、オイラはフェンダーリバーブのびしゃびしゃ感は好きでなかった。8040のリバーブはスプリング式だがびしゃびしゃ感は少なく、それでも結構深めにかけることができた。

40Wとはいえ、パワー部はソリッドステートでそんなに極端に音がでかいわけではなかったが、自宅練習やオリジナル曲の録音、スタジオ練習やライブ、どこにでも持っていた。実は少し後になって初のヘッドアンプJCM2000を入手してはいたのだが、最初ちょこっと使っただけであまり使わなくなってしまった。スタックアンプへの憧れと、当時はたくさん歪むのがうれしかったのでお店で試してあんまり深く考えず買ってしまったのだが、実は8040の方が音も好みで、使い勝手も良かったのであった。

その頃8040をメインの歪みにしてOD-3でブーストしている音が残っていた・・・

↓これだ。

使ったギターはGuitar3のトーカイレスポール。当時の弦は011~052

Guitar3:TOKAI Les Paul Type↓

https://heavygaugeguitars.wordpress.com/2013/05/14/heavy-gauge-guitar-3-tokai-love-rock-model/

ここ数年でハードロックやメタル一色から離れ、音づくりがクリーン設定の真空管アンプにエフェクターで歪みを乗せるという方向になり、8040君もお役御免となり、次なる持ち主の元へと嫁いでいった。しかし、今でも、オイラが手にしたマーシャルの中では一番のお気に入りの音を出していたということはゆるぎない。まだ時々中古で見かけるが、あの音を考えると、かなりお買い得なアンプだと思う。

Marshall Valvestate 8040、あれは良いものだ。ちーん。

makube

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「らじかせってなぁに?」って人もこのサイトをみるのだろうか。

↓これだ

ラジカセ

一応説明。ラジオカセット、略してラジカセだ。オイラが子供の頃はまだMDとか普及しておらず、音楽を聴くのにはこのラジオカセットを多用した。ラジオも聞けるしテレビ放送も聞けた。テレビの音だけ聞いてどうすんだって気もしたが、カセットテープにラジオやテレビでかかる曲を録音して(エアチェックという)、自分のライブラリを作っていったわけだ。当然、電波放送なんで、きれいな音で録音するのは難しい。それをさらに友達同士でダビングしあったりするので、さらに劣化が加わり、温かみのあるアナログディレイのような音になったりする。しねーか。これが小学校高学年くらいの話。CDも出始めていたが、まだレコードが主流の頃だ。高校くらいまではレンタルレコード屋も生き残ってた。中学の頃にはCDが普通になって、CDラジカセなんてのも登場し、それを使えばCDからカセットに直接録音できた。夢の機器だ。ライブラリの充実度は高まった。こずかいは月¥1,000しかなかったが、友人の誰かがレンタルCDを借りると、クラスの仲間全員にその音源が広まった。

とにかくラジカセはだれもが持っていたのだ。

そのラジカセをギターアンプの代わりにしていたことがある。この手の話はベテランのプロも時々口にしている。わが尊敬するCharさんもその一人だ。

 

高校2年くらいだった。思い出1の音量問題が未解決なまま。「親に怒られても関係ないけんね、ロックじゃけん」と親との冷戦状態も意に介せず、居直り型ギター小僧と化していたオイラであったが、少しずつギターの腕が上がるにつれてFenderトランジスタアンプの音への不満も大きくなっていった。音量を大きくしてもショボイ音が大きくなるだけだった。まだ下手だったのだ。

そんなある日、愛読書ギターマガジンに夢のような製品が紹介された。

「あのMarshallの音が手軽に得られる!」的なコピーを伴って登場した、Marshall初の歪みペダル「The Guv’nor」だ。新しい時代の幕開けを感じた。

↓これだ

Marshall-The-Guvnor

 

しかし、月¥1,000のこずかいと長期休みにこっそりバイトして稼いでいた(バイト禁止の高校だったのだ)オイラにはソイツをゲットする余裕はなかった。なので…

また、借りたわけだ。誰に借りたかは忘れちった。先のレンタルCDの話同様、当時の学生間では貸し借りは当然のように行われた。なので、オイラもThe Guv’norを試す機会がやってきた。

でも、fenderトランジスタアンプから音を出してみてがっかりした。

「マーシャルじゃねーじゃん」

そりゃそうだ。トランジスタアンプだし、セレッションじゃねーし、オイラへたくそだったし。今では名器として高額で取引されている初代The Guv’norだが、ギター始めて1年の小僧には良さなんてわからなかったのだ。

そして、ようやく本題に入る。

高校3年、受験で仲間もあまりギターに時間を割かなくなってきていたが、オイラは相変わらず弾きまくっていた。The Guv’norの評価は仲間内ではだいたい同じで、いつしかオイラが借りっぱなしになっていた。他にも借りたエフェクターがいくつかあってその中にはクラスメイトのMから借りている(当時初心者が購入して必ず後悔していた)たしか¥3,000くらいのARIAというブランドのディストーションがあった。コイツはあんまり歪まないくせにディストーションを名乗っていた。一応借り物だが、持ち主も「使えねー」と、もらったも同然だった。

↓これだ

ARIAディストーション

オイラも一応は受験生だったので親の追求も厳しく、アンプから音は出さないで生音でコッソリ練習していた。で、Fender君は手放してしまったのだ。

しかし、生音ペチペチではロックにならない。そこでラジカセ様の登場である。なんとかラジカセでかっちょいい音を出せればと考え、編み出した方法が、次のつなぎ方。

ギター⇒The Guv’nor⇒ARIAディストーション⇒ラジカセのマイクイン。

最後のマイクイン端子はギターのシールドと大きさが違うので、その辺に転がっていた変換プラグを使った。そして…

これで極上のディストーションサウンドをゲット!

両方の歪みをonにすることでZakkやSykes、そして当時はまっていたメタリカのような音を出すことができた(と当時は思った)。The Guv’norだけだと歪みの量や、エッジが足りなかったが、ARIAディストーションを加えることでザクザクのスラッシュメタルサウンドが手に入ってしまった。The Guv’norは3バンドEQだったので、操作の感覚はもうアンプだ。最終的な音量はラジカセのボリュームで操作できた。小さい音でもピッキングハーモニクスはブイブイ鳴るし、低音弦をミュートして刻むリフのザクザク感がたまらなかった。小さな音量でもそこそこCOOLな音で、受験生になってから練習がはかどってしまったのだった。

今考えれば、多分低音はしっかり出ていなかっただろうし、歪ませ過ぎてたんだろうが、大事なのは「自分で工夫して音を得る」ということだ。だから良い思い出なのだ!

この方法はBOSSのSD-1+DS-1でも挑戦した。学校の部室にも同じようなラジカセがあったので、友人にエフェクターを持ってきてもらい、試してみたところこれもうまくいった。The Guv’nor+¥3,000ディストーションにはかなわなかったが、それでも好評だった。オイラはギターだけやっている立場でバンドにはまだ参加していなかったが、この後、バンドをしている友人から音づくりの協力依頼をもらうことにもなった。良い思い出だ。

そして、当然のようにオイラは大学に落ち、一浪君になった。勉強しなかったからな。ラジカセアンプでしっかり弾きまくっていたことは親には筒抜けであったので、冷戦状態の緊張もピークになっていた。そこで、1年間のギター封印と、借りていたエフェクターたちの返却、大学合格後のバンド活動開始を決心、辛い受験勉強に突入したのだった。