思い出10:一年間の禁ギター生活 新春編 ~[祝]ギター解禁~

Posted: 2014年4月23日 カテゴリー: 1年間の禁ギター生活

「一年間の禁ギター生活」は今回でようやく最終回だ。もし受験生ギター小僧やギターギャルがこれを読んでいたら伝えたい。受験のためにギターを封印までするのはカエッテ体に毒だということを。程好く楽しみがないとビョーキになっちゃうぞ。

さて本題に移る。

すべての受験日程を終えたその日、つまりT大の入試のその当日のこと。試験会場を出たオイラは駅までの道を足早に通り過ぎた。そして、家とは違う方向へ向かう電車に飛び乗った。家に帰る前に行かねばならぬ場所があるのだ。

二本の電車を乗り継ぎ、向かうは高校時代に行きつけにしていたC市の楽器屋だ。そう、受験は終わったのだから楽器屋に行ったってOKだ。解禁だ。水道工事のバイト&トーカイちゃんを売った所持金はとっくに尽きていたが、今日のためにバスや電車に乗るべきところを徒歩にしたり、都内の試験の時に昼代を節約したりして、少しだがへそくりを作ってあった。買うものはたった1セットの弦のみ。それ以上の余裕はない(いや、実は計算を間違えていてこの後・・・)。それにとにかく楽器屋の空気を吸いたかったのだ。

楽器屋へ向かう電車の中では「ゴールが見えていたから今日は禁断症状が出なかったのだぁ~」とか一応今日の試験を振り返りつつも、あと少しで愛しのギターちゃんといちゃいちゃできる喜びでいっぱいのオイラは足取りも心も軽かった。

楽器屋に着く。もう何年かぶりのような気分でギターを眺める。これからはバイトして好きな楽器だって買えるし、大学でもギター仲間作るぞと決意を新たにする。

一通り店内を回ると、精神もだいぶ落ち着いた。よし、弦を買って早く家のモーリスに張ってやろう。今日のところは家に帰る交通費だけ残ればあとしばらくは文なしになってもかまわない。さっと頭の中で計算する。この一年数学は勉強しまくったから、暗算もお手の物だ。金は少ししかないが、廉価の弦でなくて、マーチンのPhospher Bronzeを買ってもぎりぎり帰りの電車賃が残せると踏んだ。迷わずマーチンを手にレジへ、そして精算。

楽器屋を出たオイラは今度は家に早く帰るために足早に駅へ向かった。別に家に帰ることが大事なのではなく、家で封印されているモーリス君の封印を解き、弦を張って、一刻も早く弾きまくりたいのだ。

切符自販機に小銭を入れていく。後10円だ。「えーっと、10円、10円っと・・・あり?5円じゃなくて、10円あと一枚あったはずだよなぁ・・・えっと。あれ、さっき5円なんて見なかったゾ。そっか、弦のお釣りでもらったのか。あれ?んんー、ん?」ここでようやく気がついた。・・・計算違いをしていたのだ。そう、この1年、数学はたくさん勉強したが、成績はタイシテ伸びなかった。足を引っ張った教科である。ルンルン気分で楽器店を出て駅で切符を買おうとしたその時にようやく気付いたのである。「ナンテコッタ、\10足りねーゾ!」わずかに10円玉が1枚足りんのであった。5円玉は自販機が受け付けない。一応入れてみたけど、だめだ。機械ごときだが、5円を10円と勘違いしてくれるようなことはない。後5円あればどこかで両替して・・・あと5円ない。

そう、電車乗れないのだ。なんてこったぁあああ!!

まだウブなティーンエイジャーだったオイラは駅員に相談なんてできない。ダッテはずかぴーもんっ。

しかし、受験が終わり身も心も軽いオイラはこれしきの事はヘデモないのであった。わずか、数秒の逡巡の後、となりの駅まで歩くことにしたのだった。「まぁ、いいや、となりの駅までなら歩いても対してかからねーだろ。大丈夫、大丈夫。」前向きなんである。

そしてとなりの駅へ向かう。線路沿いの道を歩くこと1時間ほどでとなりの駅に到着。

しかし、ここで、さらに厳しい現実を突き付けられた。となりの駅から乗って、さっきの駅から乗っても、オイラの家の最寄駅までの運賃は同じであった。「ナンテコッタ。」・・・こんなこともあるんですねぇ。

都会に住む人は「駅1,2つ分くらい大したキョリないじゃん」という方もおられるだろうが、この話は地方都市の話だ。駅と駅の間は何キロもあるのだよ。

だが、辛い受験生活も終わったし、トーカイちゃんはもういないけど今日からモーリスちゃんといちゃいちゃできるしで、チョー前向きだったオイラはさらに先の駅まで歩を進め始めた。若者は歩き続けるのだ!!

・・・その駅(つまりとなりのとなりの駅ね)までには田園地帯やちょっとした山林を通過するので、線路沿いには道がないところもあった。なので結構回り道した。たぶん合計で10kmは歩いたぞ。あんまり線路から離れると方向が分からなくなるので(実際結構迷った)、道が判断できないところでは線路内に入って歩いた。田舎なので電車は少ないが歩いている最中に何本かの電車をやり過ごした。スリリングだ。もうとっくに日も暮れて辺りは真っ暗。そんな中線路わきを人が歩いていたら、JRの運転手も驚いたことだろう。まねをしてはいけない。
2時間くらい歩いただろうか。ようやく駅に着き、無事に電車に乗ることができた。家に着いたのは試験が終わってから何時間も経っていたので、さすがに親も心配していたようだった。「なんで電話もしないの?試験できなくてどっか行っちゃったかと思った。」と言われた。泣けるセリフじゃんね。当時はケータイとかないし、公衆電話を使う金も惜しんでたからな。・・・マジで泣ける話だなぁ・・・いや、結構ロックな話だな。

img_1

↑千葉駅で乗れず、隣の東千葉駅へ。そこでも乗れず都賀駅まで歩いた。

    夜中になってしまったが、モーリスの封印を解き、なけなしの金で買ったマーチンの弦を張った。封印前に練習していたイングヴェイのEvil Eyeのフレーズを弾いてみた。感動の瞬間だ。左手の指先はすっかり柔らかくなってしまっていて指が痛かったが、ピッキングやフィンガリングの感覚は例の禁断症状があったためか生きていて、思っていたよりすんなり弾けるのがうれしかった。

 

1週間後T大から「補欠合格」の通知が来た。若干ビミョーな成績だったようだ。しかし運よく、数日後に繰り上げ合格の知らせが届き、晴れて大学生になることになった。よくやったなぁ、オイラ。ぐすん。

 

こうして1年間の禁ギター生活は終わった。「わざわざギターを封印しなくても適度に楽しめばいいじゃん」とのたまうお方もオラレルだろうが、当時のオイラはそうはいかなかったのだった。不器用なのだった。だが、苦しい戦いだったが、これもロックな生き方だったと思うのだ。「そうですよねー、ジミヘン大先生!」と天に向かって問いかける。すると「いーや、違うダロ」と返答があった。でもいいのだ。これでいいのだ。

 

ちなみに高校のT先輩に売り払ったトーカイちゃんは大学入学直後に「先輩。金、後で返すからトーカイ返して!」と頼み込み、再びオイラのパートナーになった。

 

その金はいまだにT先輩に返していないのだった。

 

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