思い出9:一年間の禁ギター生活 秋冬編~禁断症状との戦いの果て~

Posted: 2014年4月22日 カテゴリー: 1年間の禁ギター生活
タグ:

夏に「ギター弾きたい症候群」を発症してからも、春と同じペースで勉強はしていたものの、頭の中はギターのことが90%以上を占めるという「ギター弾きたい症候群」の症状に苦しみ続けた。何しろ勉強に集中できないのだった。ひどい時には握っていた鉛筆で空ピッキングをしていた。そうなるともう文字は書いていない。訳のわからないぐちゃぐちゃの筆跡が紙上に残った。今思うと、消しゴムで間違いを消すときもピッキング的な動きをしていたかもしれない。・・・泣ける話だなぁ。ぐすん。

そしてイマイチ成績が志望校に届かないまま、秋が過ぎていった。この時期は焦りも加わり、精神的にもきつい時期だった。この頃の思い出はほとんど残っていない。それほど勉強と「ギター弾きたい症候群」の諸症状だけの毎日だったのだ。泣けるなぁ。 そして話の展開は加速する・・・。

冬を迎え、年も明けた。いよいよ受験シーズンだ。 オイラは禁断症状に苦しみながらも、とりあえずのゴールが見えたことで残りの力を振り絞り、ラストスパートに入っていた。頭の中では脳内ヌーノがファンキーリフを刻み、脳内イングヴェイがメロディアスな速弾きでオイラを攻めてくる。しかし、それでもオイラはの目は参考書の記述を追いかけ、ピッキング的動作で書き取りを行う。脳は既にヤツらに占拠されているから、体に覚え込ませる作戦である。たぶん、学習速度は通常の3分の一以下だったろうが、ここまできたらとにかくゴールまで走りきるのみ。

・・・まじで泣ける話だなぁ、ぐすっ。自画自賛。

2月からいよいよ入試開始。最初は滑り止めを2校。どっちも合格した。余裕だったねぇ。滑り止めだからな。

そして第1志望のK大。試験前半は集中できたが、後半、脳内シェンカーが登場したが、この日はご機嫌が悪かったのか、2曲だけ演奏してステージを下りてしまった。助かった。だが、最後の選択教科が本番は過去問よりもやけに難しい問題が出た。なんじゃこりゃ。さっぱりわからなかった。得も言われぬ敗北感を胸に試験会場を後にした。・・・して不合格。オイラと同じ教科を選択していた奴らほぼ全員落ちていた(選択教科が同じだと受験番号も連番になるのでだいたいわかる)。試験が難しすぎて他の教科を選択したヤツラと差が付きすぎたのではないかと思えたが、もういい。終わったのだ。

「いいんだもんね。K大じゃなくても他にも大学はあるもんね。」何を隠そうオイラはこの頃からすでに居直り型のギタリストである。それに、実際にも第一志望といってもどうしてもそこでなければならないというこだわりはなかったのでダメージは少ない。

続いて第二志望のN大の試験では最初から最後まで例の禁断症状が出た。出まくりだ。試験終了まで頭の中では脳内ヌーノがファンキーなリフを奏でまくっていた。「All I see is pornograffitti、all I see is pornograffitti」という歌詞も繰り返された・・・英語の試験では分からない問題の解答はとりあえずPornograffittiの歌詞で埋めてやった。 そりゃそーだ。全然集中できなかったし。手ごたえなかったし。でも空白はない。とりあえず、英語はPornograffittiの歌詞で埋めたし、 数学は「A=440Hz」と回答した。ギタリスト的には正しいだろう?

トーゼン第二志望も不合格。

最後に我が母校となったT大学だ。トーダイじゃないからね。念のため。 実は第3志望だったT大は難易度は第一志望K大よりも上だった。志望順位は大学の学科のカリキュラムなどを考えて決めていて、難易度はカンケーナイ。そして実はもう一つ大事な基準を持っていた。「大学進学を機に、一人暮らしいをしたい」という野望だ。そうすれば好きなだけギターが弾けると思ったのだ。「何しに大学行くんだ!」と言われようが関係ないのだ。「高校時代も好きなだけ弾いてたんじゃないのか」という突っ込みにも耳は貸さないもんね。 一人暮らしは親は許してはいなかったのだが、家から通えない学校に決まってしまえば否応なしだろうというアザトイ計算をして勝手に願書を出して臨んだのだ。そして、その条件を満たしていたのがK大だったわけだ。しかし、やはりフジュンな動機ではだめだねぇ。

で、第3志望ではあるものの難易度は第一志望よりも上だったT大。K大、N大に比べて試験は出来た。運が良かったのか、天国のジミヘン様が「オマエをT大の軽音楽部にいれてやろう」とご配慮くださったのかわからないが、禁断症状が出なかった。試験も数日前に復習したのと似た問題が出た。だが、トータルではビミョーなところだなぁという感触だった。何しろ1年間勉強はしてきたが、集中はしにくい一年だったし、実際それほど成績は上がらなかったからなぁ。でもこれですべての受験日程が終了、心晴れ晴れだ。

01 jimi-hendrix

(新春編へつづく)

コメント
  1. […] オイラが高校生の頃から大学一年の初めごろはお金に不自由していたので、ゴージャスなロック式ストラップピンなどとても手が出なかった。でもオイラはメタル小僧でぶんぶんとヘドバンしたい年頃だったし、Zakk Wyldeバリにストラップを長くしてレスポール(TOKAIだけどね)を腰より低く構えて時々ネックを立てたりしたかった。そんなときフツーのストラップはすっぽり外れやがるのだった。高校時代はバンドは組んでいなかったので困ることはなったが、大学に行ったらバンドを始めるつもりだったので時々この問題を考えていた。今ではストラップをロックする樹脂製のパーツが楽器店にあるが、当時はそんなもの見なかったし、大体地元には楽器店はなかった。楽器店に行くのに消費する電車賃にさえ苦労していたあの頃のオイラの話は以前このブログにもあげている。涙なしには読めない話だ。当時、弦やピックは地元のレコード屋で買っていたのだ。まだレコードが結構売られていたそんな時代だった。 […]

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中