4月, 2014 のアーカイブ

ギタリストであれば「木材には癖がつきもの」ということは承知していることでしょう。私もこれから挑戦する商売柄、木材のクセには真正面から挑む覚悟です。(大袈裟っすね・・・)

スキマ

 SPF材をただ並べただけだとこんな感じ(↑)で隙間ができます。材を一本ずつ順番に固定してゆけば隙間を最小限にできますが、ちょっと時間がかかりすぎます。今回の壁は10本の材を並べた設計なのですが、10本まとめて固定したいので、クランプで締め込みをしています。

そのクランプですが、90cmくらいの幅を締めつけられるものは市販品だと少し値が張ります。近所のホームセンターでは90cm幅まで締められるクランプは安いもので¥3,000位(F字クランプ)、高いものは¥7,000(ハタガネ)くらいでした。買ってもあんまり使用機会があるものではないし、ちょっと面白そうなので自作してみました。

材料はステンレス製ネジ棒1m 2本、ステンレスナット4個、栗の角材、ステンレスの留め具、木のパイプ4本です。これでシメテ¥2,000ナリ。安く上げようと思ったら、金属の部品を全部スチール製に替えて、留め具と木のパイプをなくせば(これらは機能上必須の部品ではない)¥1,000かからないでしょう。ステンレス製にこだわったのはスチール製だとあとで錆びるかもしれないということと、もう一つはストラトにヘビィゲージを張ってアーミングをしているとスチール製のアームが曲がった経験があるので、スチールの強度に不安があったからです。クランプのネジ山には結構な力がかかるはずですから、ネジ山が簡単に潰れない様にというねらいもあります。

 

自作クランプ①90cm

    実物はこんな感じ。(↑)

  ナットを締めるとクランプが絞まってゆく単純な仕組みです。材に直接触れる部分は金属を直接当てると、材が負けてしまったりするので、木材をあてるようにしています。ただ、SPF材のような柔らかい木だと大きな力を掛けた時に曲がったり破損したりすると思うので、固めの栗を使用(たまたまホームセンターに端材があった)。また、ナットで締めつける側はステンレスの金具をつけてより丈夫にしました。木のパイプは締めつける材にネジ棒でこすった傷をつけないための工夫です。

仕組み①

 ↑栗の角材の「受け」にステンレスの金具をつけてより頑丈に。金具にあいている穴の位置と同じ位置に角材にも貫通孔があいていて、締めつけるものに合わせて2本のネジ棒の幅を選べるようになっています。

 ナットの孔内には少しだけグリスを付けて摩擦を少なくしています。機械用のグリスは手元になかったので、ギターナット用の潤滑剤を使用。

使用例

↑実際に使用している様子。これで一気に10本の材を隙間なく並べて固定できます。

ラチェットレンチ

↑ナットはラチェットレンチできりきり絞めます。

 こういった道具類の自作や工夫も楽しいですね。このレポートを書く前にネットで調べたら同じように自作しているDIY人がたくさんいました。みなさんおんなじかな?

 

ギター掛け壁案模式図

↑これの制作をしています。使用している木材はホームセンターに売っているSPF材です。世の中のお父さん方がDIYでウッドデッキ作ったりしているアレです。

「SPF材」と書くといかにも建築資材というイメージですが、略さなければ我々ギタリストにはとてもなじみのあるアレだったりします。

S・・・スプルース

P・・・パイン

F・・・ファー

というのが「SPF」の正体。この三種の材は(建築資材としては)性質が比較的似ていることと、3種類を混ぜれば安定的に供給できるため、規格材として大量に流通しているそうです。ホームセンターに平積みしているものもこの3種が混在しているということになります。ひょっとしたら季節によってどの種類が多いか、どの種類に限定されるかなどの変動はあるかもしれません。

3番目の「ファー」は知りませんが、「スプルース」はアコギのトップ材です。「パイン」は数は少ないですが、ソリッドギターのボディに使われることがあります。もちろん楽器に使うのとSPFではグレードが雲泥の差だと思いますが、楽器にも使われる材でDIYをすることで、さらにそれらの材になじみ深くなろうという狙いもほんのちょっぴりあります。

規格材とはいえ、木材ですので、サイズが微妙に異なることは日常茶飯事。反りやねじれのあるものも多いです。柔らかい材ですから、より顕著です。また、カビが付いていたり、泥のような汚れが付いてるものも見受けられます。なので、調達する際には店頭でよくチェックして選んできました。

一応壁の設計でも多少のサイズ違いは織り込み済みなので問題ないのですが、「反り」については制作しながら対処を考えました。

例えば壁のパーツで、下図のようなパーツを先に制作中なのですが・・・

ギター壁パーツ①サイズ

    ちょうど畳一枚の大きさの壁にするために1.8mの長さのSPF材を単純に図のように並べてビスで連結するのですが、この時に反りをしっかり押さえこんで固定するのは腕力だけでは難しいです。反りは前後方向だけでなく左右方向にもありますし、ねじれもあります。

 左右方向の反りがあると、材と材の間に隙間ができるのですが、1.8mもあると、少しだと思っていた反りでも結構大きな隙間ができます(1~2mmくらいの隙間は当たり前)。それが数本あると、全体のサイズも大分狂ってきますし、その隙間を見逃して組んでしまうと強度も落ちそうですし、見た目もイマイチになってしまいます。

そんな訳で、多少の反りならクランプで→←の方向に締め込んで、さっさとビスで固定してゆきます。それも材を一本ずつ順に固定してゆくのは時間がかかるので、幅1mくらいまでまとめて締め込む(つまり上図のようにSPF材を10本並べて一気に締め込む)専用のクランプ(もどき)を自作しました。2,000円弱であり合わせの材料で作ったものです。幅1mを締め込む市販品のクランプもありますが高価ですし、今回の制作を終えたら使う機会もなかなかなさそうなので、自作で安く解決。(後日紹介しましょう)。

↓こんなイメージです。

ギター壁パーツ②反りを抑える

こんな感じで制作進行中です。

 

 

中古楽器の商売を始めるには古物商の許可申請が必要で、私が開業する場所の場合申請から許可まで40日前後あるのでその時間を利用して、内装のできる部分はDIYします。と言っても普通のギターショップだと内装と言っても、格子状のパーテーションを並べてそこにギターハンガーを掛けるくらいが多いと思います。機能的にはそれで問題ないですし、早く済ませて安上がりではあります。

でも、いつも楽器屋さんに行くと思うのですが、所狭しと並べられた楽器屋さんのギターってそれ単体で見るより魅力が落ちる気がします。たくさん並べるために斜めにかけて正面の全景が見えないと良い楽器なのにスルーしてしまったり・・・中にはスペースを十分とってギター美しく見せている楽器屋さんもありますが、それは高級機での話。店舗の賃料を考えるとある程度以下の機種はたくさん並べて売る方が良いのかもしれません。廉価機は利益も小さい(率ではなく額)わけですし。

私のが始めるお店は、中古楽器店ですから、買取りが進まなければ在庫が増えません。開業からしばらくはお客様も少なく、全く来ないなんてことも考えられます。せっかく売り場を持っても並べるギターが少ない・・・ならば、普及機種であっても普通のお店よりきれいに見せたい!と思っています。

ところで、ギターを保存するときはハードケースが一番いいと思いますが、常日頃から「ギターは見た目が大事!」と主張しているので、壁にギターハンガー付けてずらっと並べて眺めたいという思いを持っています。それはきっと幸せな気分になれるのでは・・・。私だけ?でも、賃貸住まいだったり、そもそもハンガーをつける壁が美しくないとせっかくのギターの美しさも引き立たないですね。市販の格子状の突っ張りに掛けても背景がイマイチでは・・・

私の好みで言えば背景は「木目調」にしたい。それも壁紙でなくてできるだけ本物の木材の壁にしたい。

という訳で、「ギター掛け用の壁」を制作することにしました。今日のところはまだ「材料の一部を買ってきました」というところですが…材料は主にSPF材です。安いですからね。

↓SPF材です。

  ギター掛け壁材①

今回制作する「ギター掛け用の壁」は店舗の内装の一部ですが、サイズ的には普通の部屋の中で使うこともできるような仕様を考てあります。

↓完成イメージ。ウクレレじゃないからね。ギターだからね。

 ギター掛け壁案模式図

上の図だと壁が前に倒れそうで怖いですが、できるだけ壁にビスや釘を打たない固定したいと思っています。実際にギターの重みで倒れては洒落にならないので、ここはしっかり作りたいところです。

作業量は結構なものがあります。他の作り物も含めて5月一杯で作業を終える予定ですが、どうなることやら・・・これから完成までアイディアが具現化してゆくのをここでレポートしたいと思いますので、どうぞよろしくです。

イメージでは手前が雛壇状になっていて、スタンドでギターを立てられるようにしています。その下のスペースは空洞ができるので収納スペースに・・・なるかな?

「一年間の禁ギター生活」は今回でようやく最終回だ。もし受験生ギター小僧やギターギャルがこれを読んでいたら伝えたい。受験のためにギターを封印までするのはカエッテ体に毒だということを。程好く楽しみがないとビョーキになっちゃうぞ。

さて本題に移る。

すべての受験日程を終えたその日、つまりT大の入試のその当日のこと。試験会場を出たオイラは駅までの道を足早に通り過ぎた。そして、家とは違う方向へ向かう電車に飛び乗った。家に帰る前に行かねばならぬ場所があるのだ。

二本の電車を乗り継ぎ、向かうは高校時代に行きつけにしていたC市の楽器屋だ。そう、受験は終わったのだから楽器屋に行ったってOKだ。解禁だ。水道工事のバイト&トーカイちゃんを売った所持金はとっくに尽きていたが、今日のためにバスや電車に乗るべきところを徒歩にしたり、都内の試験の時に昼代を節約したりして、少しだがへそくりを作ってあった。買うものはたった1セットの弦のみ。それ以上の余裕はない(いや、実は計算を間違えていてこの後・・・)。それにとにかく楽器屋の空気を吸いたかったのだ。

楽器屋へ向かう電車の中では「ゴールが見えていたから今日は禁断症状が出なかったのだぁ~」とか一応今日の試験を振り返りつつも、あと少しで愛しのギターちゃんといちゃいちゃできる喜びでいっぱいのオイラは足取りも心も軽かった。

楽器屋に着く。もう何年かぶりのような気分でギターを眺める。これからはバイトして好きな楽器だって買えるし、大学でもギター仲間作るぞと決意を新たにする。

一通り店内を回ると、精神もだいぶ落ち着いた。よし、弦を買って早く家のモーリスに張ってやろう。今日のところは家に帰る交通費だけ残ればあとしばらくは文なしになってもかまわない。さっと頭の中で計算する。この一年数学は勉強しまくったから、暗算もお手の物だ。金は少ししかないが、廉価の弦でなくて、マーチンのPhospher Bronzeを買ってもぎりぎり帰りの電車賃が残せると踏んだ。迷わずマーチンを手にレジへ、そして精算。

楽器屋を出たオイラは今度は家に早く帰るために足早に駅へ向かった。別に家に帰ることが大事なのではなく、家で封印されているモーリス君の封印を解き、弦を張って、一刻も早く弾きまくりたいのだ。

切符自販機に小銭を入れていく。後10円だ。「えーっと、10円、10円っと・・・あり?5円じゃなくて、10円あと一枚あったはずだよなぁ・・・えっと。あれ、さっき5円なんて見なかったゾ。そっか、弦のお釣りでもらったのか。あれ?んんー、ん?」ここでようやく気がついた。・・・計算違いをしていたのだ。そう、この1年、数学はたくさん勉強したが、成績はタイシテ伸びなかった。足を引っ張った教科である。ルンルン気分で楽器店を出て駅で切符を買おうとしたその時にようやく気付いたのである。「ナンテコッタ、\10足りねーゾ!」わずかに10円玉が1枚足りんのであった。5円玉は自販機が受け付けない。一応入れてみたけど、だめだ。機械ごときだが、5円を10円と勘違いしてくれるようなことはない。後5円あればどこかで両替して・・・あと5円ない。

そう、電車乗れないのだ。なんてこったぁあああ!!

まだウブなティーンエイジャーだったオイラは駅員に相談なんてできない。ダッテはずかぴーもんっ。

しかし、受験が終わり身も心も軽いオイラはこれしきの事はヘデモないのであった。わずか、数秒の逡巡の後、となりの駅まで歩くことにしたのだった。「まぁ、いいや、となりの駅までなら歩いても対してかからねーだろ。大丈夫、大丈夫。」前向きなんである。

そしてとなりの駅へ向かう。線路沿いの道を歩くこと1時間ほどでとなりの駅に到着。

しかし、ここで、さらに厳しい現実を突き付けられた。となりの駅から乗って、さっきの駅から乗っても、オイラの家の最寄駅までの運賃は同じであった。「ナンテコッタ。」・・・こんなこともあるんですねぇ。

都会に住む人は「駅1,2つ分くらい大したキョリないじゃん」という方もおられるだろうが、この話は地方都市の話だ。駅と駅の間は何キロもあるのだよ。

だが、辛い受験生活も終わったし、トーカイちゃんはもういないけど今日からモーリスちゃんといちゃいちゃできるしで、チョー前向きだったオイラはさらに先の駅まで歩を進め始めた。若者は歩き続けるのだ!!

・・・その駅(つまりとなりのとなりの駅ね)までには田園地帯やちょっとした山林を通過するので、線路沿いには道がないところもあった。なので結構回り道した。たぶん合計で10kmは歩いたぞ。あんまり線路から離れると方向が分からなくなるので(実際結構迷った)、道が判断できないところでは線路内に入って歩いた。田舎なので電車は少ないが歩いている最中に何本かの電車をやり過ごした。スリリングだ。もうとっくに日も暮れて辺りは真っ暗。そんな中線路わきを人が歩いていたら、JRの運転手も驚いたことだろう。まねをしてはいけない。
2時間くらい歩いただろうか。ようやく駅に着き、無事に電車に乗ることができた。家に着いたのは試験が終わってから何時間も経っていたので、さすがに親も心配していたようだった。「なんで電話もしないの?試験できなくてどっか行っちゃったかと思った。」と言われた。泣けるセリフじゃんね。当時はケータイとかないし、公衆電話を使う金も惜しんでたからな。・・・マジで泣ける話だなぁ・・・いや、結構ロックな話だな。

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↑千葉駅で乗れず、隣の東千葉駅へ。そこでも乗れず都賀駅まで歩いた。

    夜中になってしまったが、モーリスの封印を解き、なけなしの金で買ったマーチンの弦を張った。封印前に練習していたイングヴェイのEvil Eyeのフレーズを弾いてみた。感動の瞬間だ。左手の指先はすっかり柔らかくなってしまっていて指が痛かったが、ピッキングやフィンガリングの感覚は例の禁断症状があったためか生きていて、思っていたよりすんなり弾けるのがうれしかった。

 

1週間後T大から「補欠合格」の通知が来た。若干ビミョーな成績だったようだ。しかし運よく、数日後に繰り上げ合格の知らせが届き、晴れて大学生になることになった。よくやったなぁ、オイラ。ぐすん。

 

こうして1年間の禁ギター生活は終わった。「わざわざギターを封印しなくても適度に楽しめばいいじゃん」とのたまうお方もオラレルだろうが、当時のオイラはそうはいかなかったのだった。不器用なのだった。だが、苦しい戦いだったが、これもロックな生き方だったと思うのだ。「そうですよねー、ジミヘン大先生!」と天に向かって問いかける。すると「いーや、違うダロ」と返答があった。でもいいのだ。これでいいのだ。

 

ちなみに高校のT先輩に売り払ったトーカイちゃんは大学入学直後に「先輩。金、後で返すからトーカイ返して!」と頼み込み、再びオイラのパートナーになった。

 

その金はいまだにT先輩に返していないのだった。

 

夏に「ギター弾きたい症候群」を発症してからも、春と同じペースで勉強はしていたものの、頭の中はギターのことが90%以上を占めるという「ギター弾きたい症候群」の症状に苦しみ続けた。何しろ勉強に集中できないのだった。ひどい時には握っていた鉛筆で空ピッキングをしていた。そうなるともう文字は書いていない。訳のわからないぐちゃぐちゃの筆跡が紙上に残った。今思うと、消しゴムで間違いを消すときもピッキング的な動きをしていたかもしれない。・・・泣ける話だなぁ。ぐすん。

そしてイマイチ成績が志望校に届かないまま、秋が過ぎていった。この時期は焦りも加わり、精神的にもきつい時期だった。この頃の思い出はほとんど残っていない。それほど勉強と「ギター弾きたい症候群」の諸症状だけの毎日だったのだ。泣けるなぁ。 そして話の展開は加速する・・・。

冬を迎え、年も明けた。いよいよ受験シーズンだ。 オイラは禁断症状に苦しみながらも、とりあえずのゴールが見えたことで残りの力を振り絞り、ラストスパートに入っていた。頭の中では脳内ヌーノがファンキーリフを刻み、脳内イングヴェイがメロディアスな速弾きでオイラを攻めてくる。しかし、それでもオイラはの目は参考書の記述を追いかけ、ピッキング的動作で書き取りを行う。脳は既にヤツらに占拠されているから、体に覚え込ませる作戦である。たぶん、学習速度は通常の3分の一以下だったろうが、ここまできたらとにかくゴールまで走りきるのみ。

・・・まじで泣ける話だなぁ、ぐすっ。自画自賛。

2月からいよいよ入試開始。最初は滑り止めを2校。どっちも合格した。余裕だったねぇ。滑り止めだからな。

そして第1志望のK大。試験前半は集中できたが、後半、脳内シェンカーが登場したが、この日はご機嫌が悪かったのか、2曲だけ演奏してステージを下りてしまった。助かった。だが、最後の選択教科が本番は過去問よりもやけに難しい問題が出た。なんじゃこりゃ。さっぱりわからなかった。得も言われぬ敗北感を胸に試験会場を後にした。・・・して不合格。オイラと同じ教科を選択していた奴らほぼ全員落ちていた(選択教科が同じだと受験番号も連番になるのでだいたいわかる)。試験が難しすぎて他の教科を選択したヤツラと差が付きすぎたのではないかと思えたが、もういい。終わったのだ。

「いいんだもんね。K大じゃなくても他にも大学はあるもんね。」何を隠そうオイラはこの頃からすでに居直り型のギタリストである。それに、実際にも第一志望といってもどうしてもそこでなければならないというこだわりはなかったのでダメージは少ない。

続いて第二志望のN大の試験では最初から最後まで例の禁断症状が出た。出まくりだ。試験終了まで頭の中では脳内ヌーノがファンキーなリフを奏でまくっていた。「All I see is pornograffitti、all I see is pornograffitti」という歌詞も繰り返された・・・英語の試験では分からない問題の解答はとりあえずPornograffittiの歌詞で埋めてやった。 そりゃそーだ。全然集中できなかったし。手ごたえなかったし。でも空白はない。とりあえず、英語はPornograffittiの歌詞で埋めたし、 数学は「A=440Hz」と回答した。ギタリスト的には正しいだろう?

トーゼン第二志望も不合格。

最後に我が母校となったT大学だ。トーダイじゃないからね。念のため。 実は第3志望だったT大は難易度は第一志望K大よりも上だった。志望順位は大学の学科のカリキュラムなどを考えて決めていて、難易度はカンケーナイ。そして実はもう一つ大事な基準を持っていた。「大学進学を機に、一人暮らしいをしたい」という野望だ。そうすれば好きなだけギターが弾けると思ったのだ。「何しに大学行くんだ!」と言われようが関係ないのだ。「高校時代も好きなだけ弾いてたんじゃないのか」という突っ込みにも耳は貸さないもんね。 一人暮らしは親は許してはいなかったのだが、家から通えない学校に決まってしまえば否応なしだろうというアザトイ計算をして勝手に願書を出して臨んだのだ。そして、その条件を満たしていたのがK大だったわけだ。しかし、やはりフジュンな動機ではだめだねぇ。

で、第3志望ではあるものの難易度は第一志望よりも上だったT大。K大、N大に比べて試験は出来た。運が良かったのか、天国のジミヘン様が「オマエをT大の軽音楽部にいれてやろう」とご配慮くださったのかわからないが、禁断症状が出なかった。試験も数日前に復習したのと似た問題が出た。だが、トータルではビミョーなところだなぁという感触だった。何しろ1年間勉強はしてきたが、集中はしにくい一年だったし、実際それほど成績は上がらなかったからなぁ。でもこれですべての受験日程が終了、心晴れ晴れだ。

01 jimi-hendrix

(新春編へつづく)

勉強はしているものの、成績がイマイチ上がらないオイラは日に日に焦りが募った。特に英語がキビシー。だらだら生活しているわけではないから、時間がたつのも早く感じる。この調子だとヤバイゼ。季節はもう夏を迎えていた。

オイラは金がなかったのでチャリで図書館に通い、食事は弁当持参。友達と遊ぶでもなく、勉強ばかりしていてクラーイ青春を送っていた。浪人生には当然だと思って割り切ってはいたが、夏は誘惑の季節なのだった。ある日、高校のクラスメイトでギター仲間のKが図書館に現れ、久しぶりだったのでしばし話し込んだ。そんな中であるCDを勧められたのだった。「これスゲーよ!!だまされたと思って聞いてみろよ!曲もいいし、ギターもすげぇぞ。ゼッテーキニイルカラサァ!」・・・タチの悪い勧誘のようなその口調に本能的に「受け取るな!」とは思ったものの、久しぶりに会った友人の勧めをムゲに断れない心やさしいオイラはそのCDを借りてしまったのだった。

その夜、家に帰りそのCDを聴いた。「うぉおっマジでスゲェ!!」・・・めっちゃ衝撃を受けた。今思えば禁ギター生活の最中だったからなおさら衝撃的だったのだ。ギターを弾きたい欲求は頂点に達し、トーカイちゃんを売ってしまったことを目茶苦茶後悔。ヌーノのように弾きてぇ!練習しなければ!と頭の中で誰かが叫んでいた。そして無意識に押入れに向かい、モーリス君の封印に手をかけたところでようやく我に返った。危ないところであった。

この時オイラは気付いた。不治の病「ギター弾きたい症候群」※に侵されていることを。・・・そしてこの時から受験が終わるまでの間、「ギター弾きたい症候群」の恐ろしい禁断症状に苦しめられることになったのだ。まんまとKの悪魔のささやきに乗ってしまったばかりに・・・

そのCDとはEXTREMEのPORNOGRAFFITTiだ。

↓これだ。

Pornograffitti

それまでオイラはイングヴェイや、ザックワイルド、ジョンサイクス、ゲイリームーアなどのテクニカルでありつつ哀愁のあるフレーズを聴かせるギタリストを好んでいた。ヴァンヘイレンも好きだったが、それはエディーが好きというより、中学の時にヒットしたアルバム「5150」の曲が大好きだったからだ。そんなオイラにとってヌーノベッテンコートのファンキーなリフは衝撃だった。「なんだこのノリノリなノリは」と、言葉にするとヘンな感じだが、とにかくあのリズム、キレにヤラレテしまったのだ。イングヴェイを初めて聞いた時も衝撃だったが、ヌーノもそれと同じくらいのインパクトがあった。曲の良さもそうだが、ギターのテクニックも新次元だった。余談だが、彼はタッピングや弦飛びが注目されがちだが、「歪んだ音でファンクのノリの切れのあるリフをビシバシ決める」ということの方がすごかったと思う。もっともこれは大学に合格して練習を再開してから気づいたのだけれど。

話を戻して、当時オイラはギター封印中の身であり、この新たな衝撃によって、持病である「ギター弾きたい症候群」が誘発されてしまったわけだ。頭の中では四六時中Decadance DanceやGet The Funk Outが再生されている。激しく躍動的な曲が続き精神が疲れてきたところでMore Than WordsやWhen I First Kiss Youなどの癒し系の曲が再生されるので疲れないぞ。タチ悪いな。「ナンテコッタ、ベンキョウニシュウチュウデキナイジャナイカ!」と思ってもアフターフェスティボーなのだった。「はかったなぁああ、Kぇええ!!」

・・・逆恨みです。(秋冬編へ続く)

 

※「ギター弾きたい症候群」とは?

四六時中ギターを手にした生活を数年送ると、それが生理的習慣となってしまい、常にギターが弾きたくてしょうがなくなる病気。命にかかわることはないが、現代の医学では治す手立てがない。症状としては長期間ギターを手にしないでいると、右手が勝手にピッキングしたり、左がフィンガリングしたりする。また、寝ている最中に勝手にライトハンドしてたり、右利きなのになぜか左でドアノブの回し、その回し方がやたらチョーキングしているみたいになる。重度になると脳内ギタリストが四六時中脳内エンドレスライブを行うようになり、現実の生活に集中できなくなりキケンである。適度にギターを弾いていると症状は出ないことが多く、無自覚である場合が多い。

若いころにこの病気に罹患すると、社会人になってから「ギター買いたい症候群」も併発するケースが多くみられる。お茶の水の楽器店街で徘徊している40~50代の男性の半数以上が罹患しているとのデータもある。

今回は高校卒業から一浪して大学に入るまでのエピソードである。泣ける話なので、ハンカチ用意でヨロシク。少し長い話なんで3、4回に分けたい。明日以降、夏、秋冬編をアップしたいと思っている。

高校時代、オイラは学校の勉強をほとんどやらなかった。時間は主にギター練習とその関係の仲間との付き合いに費やしていた。プロになりたかったわけではないが、ただただギターが楽しく、要するに「のめりこんでいた」のだ。進学校に通っていたので、高1の頃から授業の合間の休み時間にまで勉強に費やすクラスメイトもいたが、ギター仲間たちはソコまで勉強の虫という感じでもなく、皆好きなことをしていた。しかし、高3にもなるとほとんど皆受験モードに入った。春には部活を引退、予備校通い、図書館通いの生活に入っていった。それでもオイラはギターな毎日を過ごしていて、トーゼン現役大学合格は果たせなかった。
実はオイラの通っていた高校は進学校といっても、浪人して大学に入る、所謂「進学希望者」の率が高いのであって、現役での進学率はそれほど高くないかった。高3の一年間だけ頑張ってもそうそう志望校に入れるものでは無かったし。オイラもその一人だ。しかし、オイラのギター仲間たちは何故か現役で合格、中には推薦で進学したツワモノモもいた。トーゼンだが、オイラの親は「結局おまえだけが遊んでたんやんけ」と思っていただろうし、その冷戦もより高度な緊張状態に突入することになったのだ。で、月1000円のナケナシのこづかいの支給も停止。それまではシレっとギター三昧していたが、さすがに出資者である親とのこれ以上の関係悪化はマズイ。勉強してなかったくせに大学には行きたいという若者特有の贅沢な矛盾もいつまで続くものではない。そんなわけで、仲間との卒業イベントを終えたのち、大学合格まではギターを封印することを決心したのだった。高校時代、イングヴェイのEvil Eyeをよく練習していたが、ギター封印前には中間のソロは弾けないものの、他のパートは何とか形にはなってきていたのでもっと練習しかったが、とにかく1年間は我慢だ。

卒業式が済み、志望する進路に向けての生活がスタートした。冷戦の影響もあり月¥1,000のこずかいも止められていたので、愛用のトーカイレスポールは先輩に売ってしまった。さよなら、トーカイちゃん・・・(T . T)
さらに受験が済むまでの軍資金を稼ぐ為に2週間ほど水道工事のバイトもした。ギター関係の友人Kの家が水道工事屋をやっていてそこで稼がせてもらったのだった。穴堀がメインの仕事だった。

 

TokaiLP

↑金のために売り飛ばしたトーカイちゃん・・・ごめんよ。

 手元にはモーリスのエレアコ(トルネード)が残っていたが、こいつは親に買ってもらったものなので売るわけにはいかねー。弦を外してケースにしまい、ひもで縛って押入れの奥へ封印。もちろん購読していたギターマガジンも封印だ。そして、トーゼン新刊号も買うのをやめた。

モーリスエレアコ

↑ネットでそのモーリス画像を発見。サイドとバックがオベーションのような樹脂製のラウンドタイプ。

 

こうして、約一年間の禁ギター生活が始まった。トーカイを売った金で参考書を買い込んだ。ごめんよラブロック・・・。しかしメソメソしている余裕はないのだ。週に2日予備校に通い、それ以外の日は母校の近くの図書館に通って勉強を開始。スタートから夏ごろまでは結構集中してやったからか、教科によってはまずまずの成績をとれるようになった。だが何しろ高校在学中は赤点の常連だったオイラの総合成績は思うようには上がらなかった・・・(夏編へ続く)。

CAJシールド

Custom Audio Japanのシールドを使っています。「素直で比較的フラットな音」と言われているシールドですが、「とり回しの良さ」でも優れていてライブなど実戦向きだと思います。プラグも信頼できるスイッチクラフト製。

CAJの前は定番のカナレを使っていましたが、あるとき「シールドで音が変わる」という話を聞いて当時販売されていた高級なシールドをいくつか試したことが発端でCAJを気に入りました。

当時メインだった激しく歪んだサウンドでは音の違いはほとんどわからなかったのですが、クリーンでは確かに変わる気もしました。でも、はっきりとはわからないので、とりあえず「自然な音」という条件で勧められたGeorge L’s(赤)とEX-Pro、そしてCAJの3種を購入。しばらく違いが分からないまま混ぜて使用しているうちに音ではなく使いやすさの点でかなりの差を感じました。CAJはしなやかで絡まりにくくて取り回しがよいのでギターから最初のエフェクターまでが定位置になりました。実はカナレもその点は優れていました。
一方、GeorgeL’sとEX-Proはシールドに癖がつきやすく使いにくさを感じました。また、George L’sは音が出なくなることもありました。自分が動き回ることで癖のついたシールドに引っ張られてプラグ内で断線を引き起こしていたようでした。簡単に直せるのですが、練習中やライブ中に断線すると困るので家用に。EX-Proは音が出なくなるようなことはなかったのですが、CAJに比べるとシールドが硬くて癖がつきやすく、やはりとり回しに難があり家用に。どちらも音質面では高評価を得ている製品なので使い方次第では良いものだと思います。

CAJを使用するようになってから演奏する音楽スタイルも歪みサウンド中心のハードロックからクランチやクリーンをメインにしたブルースなどもやるようになってきました。ある時、ふと思い出してシールドの比較をやってみたところ数年CAJでやってきてその音に慣れていたためか、以前使っていたシールドに替えると音が少し曇ったような印象を受けました。言い換えるとCAJの方が少しレンジが広いということかと思います。

ここ数年高級シールドについて雑誌で特集が組まれたり、ムック本なども発売されていてこだわる人も増えているみたいです。私も他に気になるシールドがありますが、CAJを気に入っていますし、演奏力で機材のマイナスもカバーするべきだとも思っていて、その点でシールドの音質差はそれほど大きなものではないし、積極的に他のシールドを試そうとは思っていません。
…でも、試してしまうと他の良さに気付いて変えてしまうかも・・・

 ↓ギターから最初のエフェクターまでは7m。プラグは一方がL。

 シールド1

 

今はエフェクターボードのパッチケーブルも全部CAJ。市販品でも長さ、プラグのタイプ違いで豊富に種類があるのもCAJのありがたいところです。

↓片方がL、もう一方がIプラグのタイプ。

ILパッチケーブル

↓LLプラグのタイプ。

 LLパッチケーブル

 
問題もあります。シールド類はシステムが大きくなるとどうしても本数が多くなり、お金もかかります。一本一本も安くはないですし・・・たぶん、自分のシステムはシールドの費用だけで2万円以上は使っています。これまで買ったシールド代は総額で・・・考えるだけで恐ろしい額です。コスト考えると頭がいたいですね。

パッチケーブルは市販品だ長さが少し余分だったり、曲がった状態でつなぎっぱなしになるので万一の断線のときのために予備もほしいところです。そういったことも考えると切り売り用のロールで買って自分で必要な長さのものを作った方が安上がりだし、よりシステムに合わせられるので良いかもと考えてます。今度作ってみようかな。

かぽ2

25年にわたって愛用しているYAMAHAのブラス製のカポです。ギターを始めて間もない所属していた高校のギター部の備品であったゴムバンド式のカポよりもこちらの方が押さえ方の加減ができるし、見た目もかっこいいし、音もよさそう!っところ、結構無理をして買いました。先ほどネットで検索したらまだ同等商品が健在でした。型番はCP-200(私が購入した当時と同じ型番かどうかは分かりませんが、物はほぼ同じです)。意匠も変わってません。25年も売られている以上、完成度の高さは折り紙つきですね。廉価版でダイキャスト製のCP-100というのも今はあるみたいですが、私が購入した当時も、同じ形で高いのと安いのがあって、材質は覚えていませんが、高い方がきれいに磨かれて金ぴかだったのを覚えています。その金ぴかの方を買ったのですが、25年目の現在では写真のように表面の酸化が進んでくすんでいます。コンパウンドで磨けばまたきれいになるとは思いますが、これはこれで自分の歴史が感じられて気に入っています。

かぽ2

錆で分かりにくいですが、かすかに「YAMAHA」と入ってます。

CP-200-0001←新品だとこんなにキレイ。

 

CP-200のレビューで「他のカポより音がよい」というコメントを見かけました。確かに、弦に合わせて押さえ加減をリニアに調整できますし、音響特性が優れているということで管楽器に使われるブラス製で音響的にも良いのかもしれません。

また、このカポは楽器に傷が入らないように配慮もされていて、ネックに当たる部分は皮がはってあります。この仕様も現在でも変わっていないですね。

かぽ1b

↑ネックの背とサイドの部分にあたっても傷が入りにくいように、革が張ってあります。

カポは主にアコギで解放弦を上手く使えるようにキーを変える手段として使うものだと思いますが、私の場合はストラトのネックエンドのトラスロッドを回す際にコイツで弦を押さえています。弦を張ったままでもトラスロッド調整ができるので重宝しています。この方法はプロのリペアマンも常用している方法で、他のカポでもいけます。(後日その方法については写真入りで「メンテナンスグッズ」のカテゴリーでレポートしたいと思います。)

 

さすがに25年も経っているので、弦を抑えるゴムの部分の劣化が激しくなっていますが、交換用のゴムも売っているので、安心してこれからも使っていこうと思っています。

 

このカポを購入したばかりの頃はカポと言えば、このCP-200か、ゴムバンド式で数段階で締め具合を調整するものしか店頭では見かけなかったと記憶しています。アコーステイックギターのプレイヤーでも使用している人は結構見かけていました。でも、今は他にも使いやすそうなカポがいろいろ出ていて、全然使っている人見かけなくなりました。今よく見かける取り付けが簡単そうなカポに比べればCP-200は取り付けがちょっとだけめんどうかもしれません。でも、少なくとも25年以上、ほとんど形が変わっていないという実績はスゴイですよね。一生モノの道具だと思います。

 

 

 

 

97,8年頃、中古でスキャロップ仕様のストラトを入手した。値段は忘れてしまったが、格安だったと思う。当時オイラはメチャクチャイングヴェイの影響を受けた演奏をしていて、ギターもイングヴェイのようなスキャロップでディマジオHS-3ピックアップのストラトがほしかった。まだ社会に出たてで、ギターには金をつぎ込んでいてもイングヴェイモデルやフルチューブのスタックマーシャルをサクサク買えるわけもなく、中古楽器屋に出かけては手ごろな価格で買えそうな機材を物色していた。そんな中で出会った機材は今ほとんど手元に残っていないが、振り返ると自分のギタリストとしてのキャリア(アマチュアだけどね♪)に重要な役割を果たしてきている。一途に一本のギターで練習するのもいいが、楽器が変わることで得られるステップアップってあるなぁ。

このストラト、写真は残っていない。Fender Japanブランドで、楽器を分解すると90年製のような表記があって型番らしき表記もあった。たしか「ST」の後に3ケタの数字が入っていたと思う。だがその時代のカタログで調べてみても、該当モデルはない。「ST3桁数字」が見当たらないのだった。どこかのショップのオーダー品の可能性もあるが、イエローホワイトの下にキャンディアップルレッドの色が残っていたのでリフィニッシュも含めた改造品だったのではないかと思う。想像だが、現在でいうFender Japan のST57を元にスキャロップ加工、イングヴェイストラトのカラーと同じイエローホワイトへのリフィニッシュ、ブラスナット、DimazioHS-3ピックアップへの交換を行ったのではないか・・・。前の持ち主がイングヴェイ好きだったことは想像つく。そうじゃなきゃこんな仕様にはしないだろう。だが、少し半端でもある。フレットはビンテージタイプのまま(イングヴェイはジャンボフレット)だし・・・正規のイングヴェイモデルには手がでないから、何とか手持ちのストラトを近づけたかったのだろうか・・・。涙ぐましいなぁ。そういうの美しいぞ。そんで、何年かしてお金もたまったので正規のイングヴェイモデルを購入!やったー!!♪ぴロぴロぴロロー♪(うれしさのあまり弾きまくっている音)。フォォー(一人で盛り上がって発している奇声)。・・・そして役目を終えたこの謎のストラトちゃんとの別れがやってきたのである。「今まで世話になったなぁ。改造しまくってゴメンヨ。次の持ち主のところでも元気でなー、バイナラ。」って感じか?

・・・中古の改造品を見て、前の持ち主がどういう考えで改造したとか、どうして手放したのかとかを想像するのはなんか楽しいぞ。むふふふ・・・オイラだけ?

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↑多分、こんなスタンダードなモデル改造したのだと思う。

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↑色はこの色に塗りなおされていた。

 このストラトを手にすることでオイラのイングヴェイフォロワーぶりが加速した。当時作った曲のソロパートはその影響がすごく出ている。

↓これだ。

タイトルは「Winter Flower」。謎のスキャロップストラトとマーシャルVavestate8040(BOSS OD-3でブースト)、弦はアーニーボールで010~049を使用している。ピックアップはDimazioのヴァーチャルビンテージシリーズの最初期のものに交換していた。他のエフェクトはMTR(Roland VS840EX)内蔵のものを使っている。ギター以外はシーケンサー。

このストラトは2005~6年頃まで所有していて家ではよく弾いていたが、転職したりで少し収入も良くなってFender USAのイングヴィエイストラトも入手していたが、音はこの謎のストラト君のほうが好みだった。というか、当時はまだまだメタル君で、深く歪ましてリードを弾くのがメインで、そのための音としては扱いやすかったのだと思う。USAは少し粗が出やすい音だし。今はUSAの方が好みだけどね。

今は、50年代、60年代のストラトを踏襲したスタンダードなモデルが好きで、そのあたりに散財もしてきたが、金に余裕がなかった頃に出会ったこの謎のスキャロップストラト君も自分のキャリアの重要な部分を担っている。世話になったなぁ。